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大阪高等裁判所 昭和33年(う)1086号 判決

控訴人 被告人 西川正義

弁護人 沢正已

検察官 西ケ谷徹

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役拾月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人沢正已の控訴趣意第一点(審理不尽及び公判調書の不備の主張)について。

(一)  刑事訴訟規則第四四条は刑事事件の処理を適正且つ迅速に行うという刑事訴訟法の目的に添うため公判調書作成の迅速化とその内容の正確とを期すべく、その必要的記載事項の範囲を最小限度に止め、これを列挙し、明確にしたものである。しかして(1)同条第一項第一一号には「証拠調の請求その他の申立」同第一二号には「証拠と証明すべき事実との関係(証拠の標目自体によつて明らかである場合を除く)」、同第三一号には「決定及び命令」等と規定されてあるから、訴訟関係人より証拠調の請求があつたときは、公判調書にはその証拠の標目及びいわゆる立証趣旨と、これに対する決定とを記載すれば足るものであつて、原審第四回公判調書には、弁護人は亡大上しおの生前居住家屋及びその付近の状況を明らかにするため右場所の検証を請求し、これに対し検察官は必要がないと意見を述べ、原審裁判所は右請求を却下すると決定した趣旨の記載があるから、この記載は前記各規定を十分に遵守したものというべく、たとえ右記載が所論のようないきさつからなされたものであつたとしても、かかるいきさつは同条第二項によつて裁判長が訴訟関係人の請求により、または職権でとくに命じない限りその記載を要しないところであるから、右公判調書中所論の証拠調請求についての記載に不備な点はない。(2)同条第一項第二八号には「証拠調が終つた後に陳述した検察官、被告人及び弁護人の意見の要旨」と規定されてあるから、いわゆる検察官の論告、被告人及び弁護人の弁論はその要旨を記載すれば足るものであつて、原審第四回公判調書の弁護人の意見として「私は公平の立場から本件は無罪であると考える」との記載は右にいわゆる弁護人の弁論の要旨の記載として欠くるところはない。(3) 原審第二回公判調書中には、所論のとおり「その二十九年の時は二月の何日頃にあつたのか」の問に対し「その頃です」と答えた旨の記載があるけれども、この問答は、その前段の問答、「総会は毎年あるのか。」「大体二月中頃迄に年に一回あります。」「奥諸寄の部落の総会が二月中頃迄にあるのか」「はい」なる記載に照し「二十九年の年は二月の中頃迄に総会があつた」趣旨であることがわかるから、この記載を根拠として公判調書の信用性正確性を攻撃するのは失当である。以上の理由で原審第二回第四回の各公判調書の記載には所論のような不備な点はないのみならず、原審において弁護人又は被告人から所論の公判調書の記載の正確性について異議の申立がなされたことはこれを認めることができないから、当審において漫然として原審公判調書の正確性を攻撃することは許されないものであつて論旨は採用の限りでない。次に(二)記録に徴するに、原審が弁護人の現場検証の請求に対し、その必要なしとして却下したことは相当であつて、この却下を指して審理不尽であると論難する所論は適切を欠き採用の限りでない。従つて原審には所論のような審理不尽の点や公判調書に不備の点はなく、論旨はいずれも理由がない。

同第二点(事実誤認の主張)について。

原判決挙示の証拠によれば原判示事実は優に認定し得るところであつて、記録を精査しても右認定に誤はない。また、被告人の司法警察職員に対する供述調書及び検察官に対する昭和三三年三月四日付供述調書につき、その任意性または信用性を疑う余地はなく、被告人の原審公判廷における供述が裁判官の誘導的質問によるものであるとも考えられない。また、原審裁判所が起訴状記載の事実を真実であると当初から予断を抱き審理したため、事実の誤認や審理不尽を来たしたものと認める資料もなく、所論は全く独自の見解であつて採用の余地なく、従つて事実誤認の論旨も理由がない。

同第三点(法令適用の誤及び訴訟手続の法令違反の主張)について。

証人大上為造の原審公判廷における供述(原審第二回公判調書中同証人の供述記載)の信用性について寸擬を容れる余地もなく、また、上述のとおり、被告人の司法警察職員に対する供述調書及び検察官に対する昭和三三年三月四日付供述調書並びに被告人の原審公判廷における供述の任意性、信用性についても疑はなく、その証明力も否定し得ないから、原審がこれ等の証拠と原判決挙示のその余の証拠とを綜合して判示事実を認定し、且つ、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り訴訟費用は全部被告人の負担としたことはいずれも相当であつて、所論のような法令適用の誤や訴訟手続の法令違反はなく、この点についての論旨も理由がない。

しかし、所論のとおり、原審が押収してある借用証書一通(証第三号)を被害者大上為造に還付する旨の言渡をなしたことは記録上明らかであるから、これが当否について判断する。刑事訴訟法第三四七条第一項にいわゆる「贓物」とは財産罪たる犯罪行為により不法に取得した財物をいい、また「被害者に還付すべき理由が明らかなもの」とは被害者が私法上その物の返還を請求する権利を有することの明らかなものをいうと解すべきである。しかるに脅迫によつて借用証書を交付した場合には、その意思表示(借用証書の所有権を移転する意思表示)は、右脅迫により全然意思の自由を喪失した場合を除き、民法第九六条第一項により単に取消しうるに止まり当然無効ではないから被脅迫者はその意思表示の取消をしない限り直ちに右借用証書の返還を請求する権利を有しないものであるところ、本件記録に徴しても原判示恐喝罪の被害者である大上為造が、判示脅迫により意思の自由を喪失したことはもとより、判示借用証書交付の意思表示を取消したことはこれを認めるに足る資料がないから、右借用証書は刑事訴訟法第三四七条第一項にいわゆる被害者に還付すべき理由が明らかなものということができない。しかのみならず、原審及び当審における証拠調の結果によれば原審において領置された借用証書一通(神戸地方裁判所豊岡支部昭和三三年五月二三日領置第一二号の第三号)は被告人が原判示恐喝罪により被害者大上為造から交付を受けた判示借用証書そのものではなくして、被告人において作成した該借用証書の写しであることが明らかであるから、右領置にかかる借用証書は前記法条にいわゆる贓物に当らないこと明らかである。しからば右借用証書は右いずれの点からみてもこれを被害者に還付すべきものではない。以上の次第で原判決が判示押収にかかる借用証書一通(証第三号)を被害者に還付する旨の言渡をなしたのは失当であつて、原判決はこの点において事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨はこの点において理由がある。

よつて刑事訴訟法第三八二条第三八〇条第三九七条第四〇〇条但書に則り原判決を破棄し、さらに判決する。

原判決認定の事実(但しその中「同人名義の借用証書一通(証第三号)を交付させて」とあるを「同人名義の借用証書一通を交付させて」に改める)に、摘示の法条中刑事訴訟法第三四七条を除くその余の法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 万歳規矩楼 裁判官 武田清好 裁判官 小川武夫)

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